神畑の上産川橋の西側(別所方)のたもとにお地蔵さん、道祖神、石碑がある。

石碑は、おそらく東面が正面で、産川橋の表題が見える。
横書きで右から左に書かれているので見た目は「橋川産」 である。
他に人名と金額が書かれているようだが、判読が難しい。
明治時代に近隣の村々の人々が組合を作ってお金を集めて橋を架け替えたようである。

西面
産川橋架換組合
本郷
下之郷
神畑邨
發起人橋梁委員
(以下個人名が並ぶ)
「邨」は村の異体字。

南面
各邨有志合額
金三十圓 別所村
金十五圓 八木沢村
金九十二圓 小島村
金六十五圓 五加村
金十六圓 柳澤村
金十八圓 手塚村 百八十二名
金十八圓 新町村 七十名
金十六圓 東前山村 七十五名
金十三圓 西前山村 八十七名
金十三圓 十人村 三十九名
金十二圓 ~ (欠けており判読困難)
金十三圓 舞田村 ~十四名
金十三圓 中野村 八十七名
金八圓 山田村 七十一名
金六圓 西内村
金四圓 中之條村
金五圓 富士山村
金二圓 ~村
金二圓 小牧村
金二圓 諏訪形村
金二圓 御所村
北面
紀元貳千五百四十三年
明治十六年癸未十一月
建立時期か。
明治16年は1883年。


かつて産川橋という橋がこの場所にかかっていたのだろうか。
神畑村誌に経緯が載っているかもしれない。
現在産川橋の名を持つ橋は築地地区にある。
野球場の南方、築地中央交差点を東に進んだ所(ラ・ムーとかっぱ寿司の間の道)にある。

各村有志の金額を合計すると365圓。
明治の1円が現在の2万円くらいとの説に従えば730万円。

明治時代の「1円」の価値ってどれぐらい?
明治~平成 値段史
明治人の俸給